悉多太子の妻子の数(拝啓 平田篤胤先生12)
前回の記事は、「悉多太子の修学伝承への批判」と題して、いわゆる釈尊がまだ太子だった頃の修学について、篤胤の見解を探ってみたのだが、今回は「悉多太子の妻の数」と題して、釈尊がまだ在家の太子だった頃の婚姻関係について考えてみたい。ところで、篤胤自身が、仏典をどう評していたのか、その簡単なところを見ておきたい(なお、後に詳細な批判が見えるので、それはまた後日の記事で採り上げたい)。すべて経文どもは此次の会に委くいひませうが、尽く釈迦が死で、はるか後の世に、うそはつき次第と記したるもの故、実の事はないが、其中に実に有たること実がまゝ交りある。それはよく前後の考へわたして味はへると動かぬものでござる。其動かぬ実事を撰び取て、それを規矩として、よくさぐり考へると、彼偽どもがよくしれるでござる。すべて仏経を読む法は一つ二つ、...悉多太子の妻子の数(拝啓平田篤胤先生12)