searchカテゴリー選択
chevron_left

カテゴリーを選択しなおす

カテゴリーのご意見・ご要望はこちら
cancel

伝統的日本仏教を見直そう

THEME help
伝統的日本仏教を見直そう
テーマ名
伝統的日本仏教を見直そう
テーマの詳細
伝統的日本仏教について、肯定的な内容であれば何でもOKでございます。日本で江戸時代以前に存在しなかった宗派・新宗教についての内容や、日本仏教について批判的な記事は、投稿をご遠慮くださいませ。
テーマ投稿数
1,339件
参加メンバー
58人
管理人
tenjin95管理画面

にほんブログ村 テーマ機能

テーマは、参加ランキングのカテゴリー・サブカテゴリーに関係なく、記事のテーマが合えばどなたでも参加することができます。

▼ ブログ村テーマへのリンク方法

あなたのブログに「伝統的日本仏教を見直そう」テーマのバナーを掲載しませんか?
テーマのバナーやリンクをINポイントランキングの対象にしたいメンバーの方は、ログインしてからリンクタグを取得してください。
・バナーを変更したい場合は、必ず画像に「テーマ」の文字かバナーロゴを重ねてください。
・テキストリンクに変更されたい方は、以下のテキストに変更いただき掲載してください。
 「伝統的日本仏教を見直そう メンタルヘルスブログ・テーマ」
※以前より掲載いただいているテキストリンクについてはそのままご利用いただけます。

▼ リンクタグ … ここから下、リンクタグをコピーしてお貼りください

伝統的日本仏教を見直そうの記事

1件〜50件

  • 釈氏の法衣とはどうあるべきか?(中編)
    2021/06/19 08:41
    釈氏の法衣とはどうあるべきか?(中編)

    ずいぶん前にアップした【前編】の続きである。気付いたら、かなりの期間が経ってしまったのだが、中編ということで、アップしておきたい(最初は、「後編」にしようと思ったが、色々と調べていたら思ったよりも文章が長くなったので、3つに区切ることに)。五暑の時、律僧が衣角にて額の汗を拭ふを見る。布とばかり思ふて、帨と同前に用ふ。かなしむべし。まだ今は梅雨時ではあるが、直に夏になるので、この辺は注意しなくてはならないだろう。とはいえ、拙僧の周りで、このような行為をしている人を、およそ見たことが無い。やはり御袈裟は大事なもの、という意識が通底しているからのように思うけれども、江戸時代には残念ながら、不如法の振る舞いをした事例があったのだろう。面山禅師に倣って、悲しむべきことだといえる。ところで、今時であれば、暑すぎる日などに、...釈氏の法衣とはどうあるべきか?(中編)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 『曹洞宗行持宝典』に於ける「戒名」の説明
    2021/06/18 08:57
    『曹洞宗行持宝典』に於ける「戒名」の説明

    近頃、伊藤聡融老師著『曹洞宗行持宝典』(中央仏教社、大正7年)を入手したので、色々と学ばせていただいていた。中でも、「二十四戒名の意義」という一項があったので、紹介がてら内容を検討してみたい。まず、伊藤老師は戒名の意義を以下のように定義される。元来戒名は人々の本徳本心に名くるものにて、其縁心分別の妄想心に名くるものに非ず、垢染煩悩の凡夫も、執着乱心の愚人も一度我が仏門に投じ仏式を以て葬儀を行ふからには、生前未だ仏門に入らざる者も今日より以後は仏弟子の中に入りたるを幸ひに、仏戒を授けて引導に預りたる縁を始めとして、安心立命の本位に帰らねばならぬと云ふことを教示するにある、況んや生前仏法を尊信し帰依したる人に於てをや。前掲同著、238頁、漢字などは現在通用のものに改める(以下、同じ)非常に明確な説明であり、特に最初...『曹洞宗行持宝典』に於ける「戒名」の説明

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 出家者に於ける鼻毛の問題について
    2021/06/17 09:07
    出家者に於ける鼻毛の問題について

    そういえば、【何故、出家者は髪を剃らねばならないのか?(2・釈尊編)】などで頭髪を剃る話をしているが、鼻毛はどうなのか?と思い始めた。すると、やっぱり『律』は面白い。関連した記述がしっかりと載っていた。時に比丘、鼻中の毛の長きを患む。仏言く「抜くことを聴す。若しくは自ら抜き、若しくは人をして抜かしめよ」。彼れ鑷を須う。仏言く「作ることを聴す」。彼れ宝を用いて作る。仏言く「応に宝を用いて作るべからず。骨、牙、角、銅、鐵、白鑞、鉛、錫を用いて作ることを聴す。若し、鑷頭の破れを患むならば、頭に鉄を安んずることを聴す。手の捉うるの難きは掌で護せ。剃刀曩中に著くることを聴す」。『四分律』巻51「雑揵度之一」鼻毛についての指摘である。比丘達が、鼻毛が伸びすぎて悩んでいたという。よって、仏陀は、鼻毛を抜くことを許可したが、そ...出家者に於ける鼻毛の問題について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 不殺生戒の禅戒的解釈?
    2021/06/16 09:11
    不殺生戒の禅戒的解釈?

    昨年度、実世界の論文で丘宗潭老師(1860~1921)の『教授戒文』提唱録を翻刻した。その中で、丘老師は或る説話を採り上げて、不殺生戒の捉え方について提唱された。宝積経に出て居る事だが、文殊が剱を抜て佛に向た、佛向ふて曰く、何をか為す、文殊曰く、佛を殺さんと欲す、佛曰、汝ぢ殺すべき佛身を見るや、と云はれた言下に、文殊剱の藏め処が無かつて困た、とある、不殺生戒は此の處じや、文殊は閉口して仕舞た、虱が居ると思ふから殺す、魚が居ると思ふから漁する、一切法は無性、一切法は無我、一切法は無相、と徹底せば汝何をか殺す、汝殺すべき佛身を見るや、如是禅戒を授戒するのだから難有のだ、此の無相の戒には一切の戒として含まざることは無い、故に能所を見て殺すなと云ふ様な浅薄の話では無いのだ、先づ之れ位で置かう、「不殺生戒」項、丘宗潭老師...不殺生戒の禅戒的解釈?

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 禅林で田畑を開墾した話
    2021/06/15 07:40
    禅林で田畑を開墾した話

    或る意味で清規的な内容も含むと思ったので、記事にしておきたい。黄檗断際禅師、因みに百丈問う、運闍梨、田を開くこと易からず。曰く、衆に随て作務す。丈曰く、道用を煩わしくすること有り。曰く、争か敢て労を辞せん。云く、多少の田を開得するや。師、鋤を将て地を築くこと三下す。丈、便ち喝す。師、耳を掩うて而も去る。『真字正法眼蔵』巻下271則これは、中国禅宗南嶽下の黄檗希運禅師と、その本師・百丈懐海禅師の間で交わされた問答である。典拠は、『宗門統要集』である。もちろん、この話自体は『天聖広灯録』などにも出ているが、字句の違いを考えると『統要集』と見るのが自然であろう。なお、『広灯録』だった場合、この田畑の開墾作業は、「普請作務」だったともされている。百丈禅師らしい公案だとはいえる。意味するところは、百丈禅師が黄檗禅師に対し...禅林で田畑を開墾した話

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 『禅苑清規』巻9「訓童行」に見える「五戒」について
    2021/06/14 15:47
    『禅苑清規』巻9「訓童行」に見える「五戒」について

    一度、『禅苑清規』についてもしっかりと勉強し直したいとは思っているのだが、その過程でちょっと気になる文脈を見付けたので紹介がてら学んでみたい。大僧に近事するには、当に五戒を持すべし。一には不殺生〈命有るの属、得て而も殺さざれ)。二には不偸盗〈与えて而も取らざれ、皆な盗と為すなり〉。三には不淫欲〈淫欲を遠離するは、火坑を避けるが如くす〉。四には不妄語〈出家の人誠信を本と為す〉。五には不飲酒食肉〈寧ろ身命を捨てて此の戒を犯すこと無かれ〉。斎粥を除いて外に、並べて雑食を得ざれ〈所謂、果子並びに菜粥飲餅飰並べて応に食せざるべし〉。『禅苑清規』巻9「訓童行」まず、この項目について簡単に解説しておくと、「訓童行」とある通り、「童行を訓(指導)ずる」ための文章なのだが、この「童行」については、以下の指摘が定義として理解出来よ...『禅苑清規』巻9「訓童行」に見える「五戒」について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 曹洞宗侶は有髪のままで法要を行うことが可能か?
    2021/06/13 10:59
    曹洞宗侶は有髪のままで法要を行うことが可能か?

    ちょっとした論考である。いわゆる、宗門に於ける剃髪の重さについて検討するものである。まぁ、有髪のままにしておく宗侶にも、色々な理由があるのだとは思う。ただ、この辺、規範的な要素も含めて見ておくべき教示は以下の通りである。あるひは長髪ならしむるともがらあり、これも非法なり。大国の僧家の所作なりとして、正法ならん、とあやまることなかれ。先師古仏、ふかくいましめのことばを、天下の僧家の長髪・長爪のともがらにたまふにいはく、不会浄髪、不是俗人、不是僧家、便是畜生。古来仏祖、誰是不浄髪者。如今不会浄髪、真箇是畜生。かくのごとく示衆するに、年来不剃頭のともがら、剃頭せるおほし。あるひは上堂、あるひは普説のとき、弾指かまびすしくして責呵す。いかなる道理としらず、胡乱に長髪・長爪なる。あはれむべし、南浮の身心をして非道における...曹洞宗侶は有髪のままで法要を行うことが可能か?

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 『昭和改訂曹洞宗行持軌範』の面白さ
    2021/06/12 08:15
    『昭和改訂曹洞宗行持軌範』の面白さ

    我々は、様々な行持作法については、一度拡張された場合、それがどこか永続的に後代に受けつがれていくものだと思っているかもしれない。そして、「慕古」という精神性の場合、先例踏襲こそが重要である以上、後の者が前の者が作ったものを改変するなんて、畏れ多いことだと思われるかもしれない。そして、この精神性は、少なくとも曹洞宗の清規の歴史的事実には全く当て嵌まらない。江戸時代以前の清規はもちろんのこと、明治時代以降の『行持軌範』ですらも、拡張一辺倒ではなくて、適度の「組み替え」を行いながら、その時代に合わせて改変されてきたものである。今日は、その証拠の1つとして、昭和25年に改訂された『昭和改訂曹洞宗行持軌範(以下『昭和改訂』と略記)』を見ていきたいと思う。この軌範の「小序」には、改訂する意図について、以下のように定めている...『昭和改訂曹洞宗行持軌範』の面白さ

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 大乘寺式授戒会作法に於ける「七衆一羯磨」の根拠について
    2021/06/11 08:59
    大乘寺式授戒会作法に於ける「七衆一羯磨」の根拠について

    江戸時代に加賀大乘寺26世の月舟宗胡禅師(1618~1696)が再興した禅戒会について、その実態としては『仏祖正伝菩薩戒作法』を用いた登壇受戒と『血脈』授与が大きかったと、法嗣で同寺27世の卍山道白禅師(1636~1715)以下、その法系に連なる方々が評した。なお、月舟禅師ご自身の授戒会作法の詳細は知られないが、大乘寺で参学したとされる指月慧印禅師に『開戒会焼香侍者指揮』(『続曹全』「清規」巻所収)が残り、作法の大部分が知られるようになった。仮にその作法を「大乘寺式授戒会作法」と呼んでおく。なお、同作法は少しずつの改変をしつつ、現代まで宗門授戒会の基本となっている。ところで、同作法には批判も存在し、例えば、面山瑞方禅師などは、『若州永福和尚説戒』坤巻「加行の因縁」項(『曹全』「禅戒」巻所収)で四衆一等の授戒作法...大乘寺式授戒会作法に於ける「七衆一羯磨」の根拠について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 6月10日 時の記念日(令和3年度版)
    2021/06/10 09:24
    6月10日 時の記念日(令和3年度版)

    今日6月10日は「時の記念日」とされる。『日本書紀』「天智天皇十年四月辛卯」条に、日本で初めて「時の鐘」が打たれたことに由来するという。この時の時計は、「漏刻」といって、水時計であった。それから、先の天智天皇の事績の日付は、「天智天皇10年4月25日」なのだが、これをグレゴリオ暦に変換すると「671年6月10日」となるため、今日をもって、時の記念日としたとされる。なお、以前に書いたことがあったが、道元禅師が開かれた当初の永平寺では、やはり「漏刻」を使用していた。諸寺、漏刻を直歳司に置き、人工両人これを知らす。『永平寺知事清規』「直歳」項ここに見るように、道元禅師は漏刻を直歳寮に置いて、漏刻担当の人工2人が、時刻を全山に知らせるように指示しておられる。なお、指示の方法は鐘や太鼓の音だったと思われる。ただ、これが夜...6月10日時の記念日(令和3年度版)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 夏場の法衣の洗濯について
    2021/06/09 11:50
    夏場の法衣の洗濯について

    まだ、日本列島は梅雨の期間中ではあるが、夏場に備えて学んでおきたい一節を見付けたので、採り上げておきたい。垢膩衣、垢はあかづき、膩は油らついたもの、律部にあることしや、伴僧抔に出たときは見苦い、今日洞家の雲水は、貧なれば、夏は洗濯するがよい、面山瑞方禅師『宝慶記聞解』(明治11年版)乾巻・25丁裏、カナをかなにするなど見易く改める短い一節ではあるが、色々と思わせるところがある。まず、この一節は以下の文章への講義となっている。垢膩衣を著けるべからず。『宝慶記』第4問答これは、如浄禅師が「第一初心の弁道功夫の時」に注意すべきこととして挙げた教誡に見えるものである。あくまでも、初心の弁道功夫であるから、後に長じたときには実践する必要が無くなることも多い。それを意識して読まないと、ただの戒律のようになってしまう。そこで...夏場の法衣の洗濯について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 天童如浄禅師の「髪を焼いた話」
    2021/06/08 07:47
    天童如浄禅師の「髪を焼いた話」

    我々は現在、下水道がだいたい全国どこでも敷設されているから、髪を剃った後、それは大体風呂場で流したりしているとは思う。もちろん、新聞などを敷いて剃って、捨てているという人もいるかもしれない。それで、この辺、かつてはどうだったのか?という話をしたいのだが、道元禅師の本師・天童如浄禅師には、以下のような上堂語が知られているので、紹介しておきたい。煆髪上堂。活剗の群牛、脳後の毛。風吹き日炙りて腥臊を転ず。狼藉に堪えず天地を薫ず。罪悪重きを将って業火焼く。恁麼に見得すれば、切忌すらくは死灰に舍利を尋ねんことを、臭烟蓬㶿の焔頭より高し。『如浄禅師語録』まずは簡単に意味を採っておきたい。活き活きとして表面の体毛が削られた牛の群れの頭の後ろに生えていた毛は、風が吹き太陽が炙るように照らして焼かれ、大変に生臭いニオイを発してい...天童如浄禅師の「髪を焼いた話」

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 鈴木正三『麓草分』「剃髪受戒時可著心事」について
    2021/06/07 07:25
    鈴木正三『麓草分』「剃髪受戒時可著心事」について

    少し前のことだが、江戸時代の鈴木正三(1579~1655)『麓草分』の江戸期版本(一応、安政6年という刊記はあるが、正しいのか不明)を入手しており、今回はそれを読み解いていきたい。なお、同書の内容などは、拙Wikiの『麓草分』をご参照願いたい。ということで、この記事では同書の第一章というべき「剃髪受戒時可著心事(剃髪受戒の時、心を著くべき事)」を見ていきたいと思う。同章の冒頭では、まず『麓草分』という文献名の意味が明示される。一仏道修行に赴く人は浅きより深きに入、麓の草を分て頂上に登る可し。修行未熟にして向上に至る事かたし。意を得処は古徳直示の手段に眼を著くべし。安政6年版『麓草分』1丁表、カナをかなにするなど見易く改めたまずはこの箇所である。正三は仏道修行について、草を分けて山に入り、麓から頂上に登るようなも...鈴木正三『麓草分』「剃髪受戒時可著心事」について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 6月6日 いけばなの日
    2021/06/06 08:22
    6月6日 いけばなの日

    今日6月6日は、いけばなの日らしい。・6月6日は「いけばなの日」(公益財団法人日本いけばな芸術協会)上記の通りなのだが、6月6日という日付については、稽古事を始めるには6歳6月6日が良いとされるため、この日が「いけばなの日」になったらしい。冷静に考えてみると、稽古事なら何でも良いということになりそう・・・ところで、いけばなといえば、伝統的な芸術になるが、歴史的には仏教の影響があったともされる。・いけばなの歴史(池坊)・いけばなの歴史(いけばな草月流)いけばなの起源は一般に、仏教とともに伝来した仏前の供花にあるとしている。ただし、神を招く依り代として常緑樹を立て、花を飾った日本古来の習俗から来たものとする説もあるというが、正直、神道の説は信用出来ないことが多いからな。ここでは、仏教を採っておきたい。仏教の場合、以...6月6日いけばなの日

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 洞門授戒会に於ける授与者の変遷
    2021/06/05 09:20
    洞門授戒会に於ける授与者の変遷

    これまで、【菩薩戒授与に於ける三師について】や【宗門授戒会の三師について】という記事の中で指摘したように、現行の宗門授戒会について考えてみると、理念的な三師(戒師:釈迦牟尼仏、羯磨師:文殊菩薩、教授師:弥勒菩薩)と、具体的な三師(戒師、教授師、引請師)という二重構造になっていて、しかもその両者の関係性は一様ではないという不思議な状態なのである。ところで、「菩薩戒授与」に於ける「三師」について考えてみる際に、以下の一節を学んでおきたい。・『梵網経』には、和上・阿闍梨の二師を請じて、仏像前において梵網戒の受戒をなす作法が示されていますが……・この梵網戒の受戒作法を明かす『授菩薩戒儀』がありますが、これは『観普賢菩薩行法経』に説く受戒作法を受けて、釈迦如来を「戒和上」に請じ、文殊菩薩を「羯磨阿闍梨」に請じ、弥勒菩薩を...洞門授戒会に於ける授与者の変遷

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 何故、出家者は髪を剃らねばならないのか?(2・釈尊編)
    2021/06/04 09:19
    何故、出家者は髪を剃らねばならないのか?(2・釈尊編)

    以前、【何故、出家者は髪を剃らねばならないのか?】という記事をアップした後で、色々なご意見を頂戴した。そこで、そのご意見の中で、幾つか検討しておきたいことが出て来たので、その辺も見ておきたい。まずは、釈尊自身の浄髪(剃髪)についてである。気になって調べていたら、興味深い一節を見出したので、参照しておきたい。問うて曰く、「仏、常に剃除するや不や」。答えて曰く、「爾らず。仏の髮、常に剃髮後一七日の状なるが如し」。『薩婆多毘尼毘婆沙』巻8この、『薩婆多毘尼毘婆沙』という文献は、薩婆多部(説一切有部)の毘尼(律)への毘婆沙(註釈)であるから、『律』そのものではなく、註釈となる。その中に、仏の髪についての言及があったので、採り上げてみたのである。それで、或る人が仏に、「仏は常に浄髪をしているのでしょうか?」と尋ねたところ...何故、出家者は髪を剃らねばならないのか?(2・釈尊編)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 「清浄なる行者 破戒の比丘」の続きの続きの話
    2021/06/03 07:54
    「清浄なる行者 破戒の比丘」の続きの続きの話

    以前、【「清浄なる行者破戒の比丘」の続きの話】という記事を書いたのだが、更にその続きである。勅問の九に曰く、経に曰く、清浄の行者、涅盤に入らず。破戒の比丘、地獄に入らず、と。清浄の行者、涅盤に入るべし。什麼と為てか入らざるや。破戒の比丘、地獄に入るべし。什麼と為てか入らざるや。師曰く、涅盤と地獄の二見を存するは、小乗の見解なり。善悪不二、邪正一如の処に於いて、什麼をか清浄・破戒を論ぜんや。円覚了義経に曰く、衆生と国土、同一の法性なり。地獄と天堂、皆な浄土と為す。一切の煩悩、畢竟解脱す、云云。然れば則ち、涅盤の求むべき無く、地獄の厭うべき無し。何ぞ清浄・破戒を論ぜんや。瑩山紹瑾禅師『十種疑問』第9問答、『曹洞宗全書』「宗源(下)」巻・497頁上段、訓読は拙僧これは、伝承としては、瑩山紹瑾禅師が後醍醐天皇からの勅問...「清浄なる行者破戒の比丘」の続きの続きの話

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 百丈懐海禅師の持戒論
    2021/06/02 09:06
    百丈懐海禅師の持戒論

    とりあえず、以下の一節をご覧いただきたい。問う、如今の出家、受戒して、身口清浄にして、已に諸法を具す。解脱を得るや否や。師云く、少分の解脱なり。未だ心解脱を得ざる。亦た未だ一切処解脱を得ざる。『百丈広録』巻3この『百丈広録』とは、馬祖下の『四家語録』に収録されているもので、「巻3」とはなっているが、これはその全体が伝わっているわけではなく、ごく一部のみ閲覧可能である。既に11世紀頃には存在したようだが、現存しているのは17世紀以降の版本とされる。そのため、本書だけでは百丈懐海禅師の思想の全てに触れることは出来ないが、その中でも禅籍には珍しい戒律に関する考えが見て取れたので、学んでみたい。まず、この問答の質問者は、最近の出家は受戒して身体と口(言葉)とが清浄になっており、しかも、既に諸法も身に着けている。これは解...百丈懐海禅師の持戒論

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 今日は六月初一(令和3年度版)
    2021/06/01 08:24
    今日は六月初一(令和3年度版)

    今日は6月1日である。この日、古来の曹洞宗では、普請坐禅をせずに、随意坐禅を行っていたとされる。それで、いつもはその日の上堂を採り上げるのだが、今日は少し別の様子の上堂を採り上げてみたい。普済善救禅師(1347~1408、峨山韶碩禅師―通幻寂霊禅師―普済禅師という嗣法の系統)の語録から、早速本文を読んでいこう。閏六月旦の上堂。三半の一閏、最初の日。六月の炎天、我の如くは何ぞ。熱殺闍梨能く活かすべし、揚眉当面に早く蹉過す。『普済善救禅師語録』要するに、太陰暦の頃に存在していた、「閏月」としての「六月旦(1日)」の上堂である。よって、この年は、夏安居が九旬ではなく、十二旬であったことも分かる。記録上は普済禅師も何も述べてはおられないようだが、しかし、間違いなくこういう年は、十二旬であった。さて、まず、「三半の一旬」...今日は六月初一(令和3年度版)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 諦縁度(其の一)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究27)
    2021/05/31 10:37
    諦縁度(其の一)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究27)

    江戸時代の洞門が輩出した学僧・指月慧印禅師の主著である『荒田随筆』を学ぶ連載記事であるが、今回から上巻の最後の一章として、「諦縁度」章を学んでみたい。この「諦縁度」章だが、最初、意味するところを測り損ねていたのだが、要するに、四諦・十二縁起・六度という三乗の実践体系などを述べたものであろう。だとすれば、その三乗について詳しく述べられた道元禅師『正法眼蔵』「仏教」巻の説示などを、脇に置いて考える必要があるのかもしれない。ただ、それは実際の本文を見ながら検討していきたい。諦縁度悠悠として迷淪かな。是を群萌と謂、究竟じて之を覚する、是を大覚と謂。其の自覚して他を覚らしむるに、開諭暁示、引て以て道に至しむ。是を乗と謂なり。蓋し車輿の遠に及の義を取れり。而して乗、其の三を分つは、物機の利鈍に随て其の覚をして易からしめんと...諦縁度(其の一)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究27)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 篤胤の神仏習合批判序説(拝啓 平田篤胤先生4)
    2021/05/30 09:25
    篤胤の神仏習合批判序説(拝啓 平田篤胤先生4)

    平田篤胤先生(1776~1843)の『出定笑語』についての連載であるが、今日も本文を見ていきたい。それで、一から十まで全部採り上げるのは、分量的に難しいので、拙僧が読んでいて気になった点を中心に見ていくことにしたい。今日は、タイトルの通り、神仏習合批判に関する一節を見ておきたい。わが鈴の屋の翁がよまれたる歌に、「まが神の世人の耳がふたぐらんまことかたればきく人のなき」と読れた通り、こりや彼古道の大意にあらあら申たる如く、神にも善悪邪正様々有が、其あしく邪しまなる神にまじこられ、耳をふたがれ、真の事をきくことならぬ人々と見えるでござる。釈迦の縁なき衆生は度しがたしといつたのも、かよふの人々の事でも有ませうか。其くせ出家の方で云所は、御国の神をば仏法の下役のごとくいやしめてあるが、それをば何とも思はんでいるでござる...篤胤の神仏習合批判序説(拝啓平田篤胤先生4)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 第十七条・有私事条(『僧尼令』を学ぶ・17)
    2021/05/29 07:26
    第十七条・有私事条(『僧尼令』を学ぶ・17)

    連載は17回目となる。『養老律令』に収録されている『僧尼令』の本文を見ているが、『僧尼令』は全27条あって、1条ごとに見ていくこととした。まずは、訓読文を挙げて、その後に拙僧なりの解説を付してみたい。なお、『令義解』の江戸期版本(塙保己一校訂本・寛政12年[1800]刊行、全10巻で『僧尼令』は巻2に所収)も合わせて見ていきたい。凡そ僧尼、私の事有りて訴訟して、官司に来たり詣でれば、権に俗形に依りて参事せよ。其れ佐官以上及び三綱、衆事若しくは功徳の為に、官司に詣でるべきは、並に床席を設けよ。『令義解』11丁裏を参照して、訓読は拙僧ちょっと、思うところがあって、今回から訓読法は『令義解』に依拠してみたいと思う。江戸時代の読み方になってしまう可能性はあるが、その時代でどう読まれてきたかを探る方が、拙僧的に勉強になる...第十七条・有私事条(『僧尼令』を学ぶ・17)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • マルティン・ルター『九十五箇条の提題』を学ぶ・22
    2021/05/28 07:37
    マルティン・ルター『九十五箇条の提題』を学ぶ・22

    ドイツ宗教改革の発端にもなったとされるマルティン・ルターの『九十五箇条の提題』の日本語訳を学んでいく連載記事である。連載22回目である。22それどころか教皇が、この世で教会法の定めに従って解決されねばならなかった〔のに解決されなかった〕罰を、〔今は〕煉獄にある魂においては赦すことができる、などということはない。深井氏下掲同著・19頁この辺は、「赦しの秘蹟」の適用範囲というべきものだが、本来はその秘蹟の扱いを定める教会法の定義に従って、現世に於いて解決されなくてはならないことであった。しかし、それがなされず、魂の救済の無いままに亡くなった人について、その魂は煉獄に行っているはずで、今更に煉獄にある魂については、『贖宥状』を用いたことに依る救済など、出来ようはずも無いと指摘しているのである。そういう点からすれば、ル...マルティン・ルター『九十五箇条の提題』を学ぶ・22

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 或る祖訓から学ぶ「不謗三宝戒」
    2021/05/27 07:32
    或る祖訓から学ぶ「不謗三宝戒」

    新井石禅禅師御垂示の『授戒の心得』(禅の生活社・昭和2年)を拝読していたところ、その冒頭に「祖訓」という一節が掲載されていた。昭和初期という世相を反映して、挙国一致に仏教徒として参ずることを求める内容ではあったが、その中に気になる一節があったので、参究しておきたい。又言く人ありて謗毀すとも曾て咎むること勿れ彼の謗人をあまつさへ敬礼することはありとも厭悪すること勿れ。「祖訓」これは、現代の人であれば、ほとんどの場合納得はすまい。もしかすると、誹謗などに対しては、倍返しという観念もあるかもしれない。それで、この教えであるが、もちろん「祖訓」であるから典拠がある。この一節の前後の文章も合わせて検討しておきたい。即ち重を転じて軽を受くと思ふて、人ありて憎悪すとも、曾て恨むること勿れ。人ありて謗毀すとも、曾て咎むること勿...或る祖訓から学ぶ「不謗三宝戒」

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 線香の煙に関する残念な報道
    2021/05/26 06:37
    線香の煙に関する残念な報道

    とても残念な報道があった。・線香の煙でぜんそく悪化か九大、換気呼び掛け(共同通信)とはいえ、これは、拙僧自身、或る先生から聞いて知っていたことではあったので、目新しい話ではない(今回の研究は、その明らかな証拠が示されたということで評価される)。実際、知り合いの僧侶の中でも、同様の状態になった場合はあると聞くし、拙僧自身も線香の銘柄によっては咳などが止まらなくなる。それで、そもそも線香とは何なのか?仏教に於ける「香」の歴史は長く複雑である。今回は、以前、拙僧も宗門内向けの随筆を書いた記事などを改変しつつ、まとめてみたい。仏教に於ける「香」としてすぐに思い付くのは、以下の一節であろう。賢者阿難、仏に白して言く、「仏の滅度の後、当に何れの葬を作すべきや」。仏言く、「汝、黙せよ。梵志居士、自ら楽いて之を為す」。又た問う...線香の煙に関する残念な報道

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 中国曹洞宗の祖師に於ける「試経得度」について
    2021/05/24 14:37
    中国曹洞宗の祖師に於ける「試経得度」について

    「試経得度(或いは「試経度僧」とも)」という言葉について、おそらくは見慣れないと思う人が多いのではなかろうか。でも、事例的にはよく知られている制度である。そこで、江戸時代の臨済宗妙心寺派・無著道忠禅師が以下のように指摘されているので、その意味の大概を確認しておきたい。仏法金湯編に云く、唐の中宗神龍二年八月、天下に詔し、童行の経義挑通して滞り無き者を試して之を度す〈唐史〉。試経度僧、此に始む。編年通論に云く、唐の肅宗至徳二年、白衣の能く経五百紙を誦する者を、度して僧と為るを聴す。仏祖統紀に云く、宋の仁宗詔して天下の童行を試し、法華経を誦し、選に中る者は度を得る。「試経度僧」項、『禅林象器箋』巻9「第九類叢軌門」、明治期刊本を参照して訓読要するに、出家得度する際の条件として、当該の童行がどれくらい経典を読めるかを試...中国曹洞宗の祖師に於ける「試経得度」について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 式叉摩那の位置付けについて
    2021/05/23 10:49
    式叉摩那の位置付けについて

    式叉摩那については、【拙Wikiの説明】をご覧いただければ良いと思う。それで、何故、女性の出家者である沙弥尼にのみ式叉摩那が用意されているのは、女性への差別的な配慮なのではないか?という意見もあるのかも知れない。だが、拙僧も以前、その辺を学生の頃に習った限りでは、理由があったということだった。それで、関連して以下の一節を見出したので、学んでおきたい。式叉摩那、六法を二歳受く。問うて曰く、沙弥十戒、便ち具足戒を受く。比丘尼法中、何を以てか式叉摩那有りて、然る後に具足戒を受けるを得んや。答えて曰く、仏在世時、一りの長者の婦有り、懐妊を覚えず、出家して具足戒を受く。其の後、身に大転現ず。諸もろの長者、比丘を譏嫌す。因りて此れ制して二歳の学戒有りて、六法を受けて、然る後に具足戒を受く。『大智度論』巻13「釈初品中讃尸羅...式叉摩那の位置付けについて

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 『大般若経』に見る漸深戒について
    2021/05/21 10:18
    『大般若経』に見る漸深戒について

    或る文献を読んでいたら、『大般若経』中に見える「在家五戒」について指摘されていた。それで、それが諸法空相的な解釈で面白かったので、その文を引用し、学んでみようと思ったら、何だろう?拙僧が容易に閲覧できる『大般若経』には入っていない文章(?)だった。それで良く分からないままに、検索サイトやソフトを使っていたら、ある一節が出て来たので、こっちを記事にしてみることにした。自ら般若波羅蜜多を行じ、亦た他に般若波羅蜜多の行を勧む。倒るること無く般若波羅蜜多の法を行ずることを称揚し、般若波羅蜜多を行ずる者を歓喜讃歎す。自ら十善業道を受持し、亦た他に十善業道の受持を勧む。倒るること無く十善業道の法を受持することを称揚し、十善業道を受持する者を歓喜讃歎す。自ら五戒を受持し、亦た他に五戒の受持を勧む。倒るること無く五戒の法を受持...『大般若経』に見る漸深戒について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 何故、出家者は髪を剃らねばならないのか?
    2021/05/20 12:49
    何故、出家者は髪を剃らねばならないのか?

    以前から、拙僧的に不思議に思っていることがある。それは、大学の講義とかで、「仏教について何でも質問してください」などと学生に尋ねると、他に聞きようがないのか?それとも拙僧の剃りっ剃りの頭を見てなのかは分からないが、一定数で「僧侶は何故髪を剃るのか?」という問いが寄せられる。それで、拙僧個人としては、理由が明確で、道元禅師がそう仰っているから、という理由になる。拝問す。今日の天下の長老の長髪長爪、何の拠有るや。将に比丘と称して、頗る俗人に似たるべし。将に俗人と名づけ、又た禿児の如くなるべし。西天・東地、正法・像法の間、仏祖の弟子、未だ甞て斯の如くならず。如何。和尚、示して曰く、真箇是れ畜生なり。仏法清浄海中の死屍なり。『宝慶記』第9問答、訓読は拙僧(以下、同じ)このように、道元禅師は本師・天童如浄禅師に対して、そ...何故、出家者は髪を剃らねばならないのか?

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 禅林に於ける「官中の問難」について
    2021/05/19 07:41
    禅林に於ける「官中の問難」について

    ちょっと気になる文章を見出したので、紹介がてら検討してみたい。行者を発遣して院を出すが如きは、須らく十分に過有りて、罪状に責伏して、住持人に稟して之を遣るべし。更に決すること須いずして之を遣るが如きは、官中の問難を防避すべからず。『禅苑清規』巻3「監院」項ちょうど、この前後の文章は、寺院内で過ちを犯した者への罰の与え方の問題なのだが、ここは寺院から擯斥(追放)処分を行う時の問題を挙げている。それで、行者(あんじゃなのか?ぎょうじゃなのか?)を遣って、寺院から出す場合には、その理由となるべき過ちが十分にあって、それを更に罪状を確認してそれを責め、そして、住持人にそのことを報告してから追放すべきだという。もし、そういった確たることが無いままに、追放するようなことがあった場合には、「官中の問難を防避すべからず」とある...禅林に於ける「官中の問難」について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 面山瑞方禅師による「賜紫衣謝偈」評
    2021/05/18 09:03
    面山瑞方禅師による「賜紫衣謝偈」評

    この「賜紫衣謝偈」については、【拙Wikiの解説】を読んでいただければと思うのだが、道元禅師が後嵯峨天皇(在位:1242~46)から紫衣を賜ったものの、それを謝(=断った)という一事を示すものとされる。ただし、中世の古伝には遡れず、近世以降に一般的になった話ともされる。それで、この一節について、江戸時代の学僧・面山瑞方禅師による評価を見たので、参究してみたい。昔し永平高祖に後嵯峩帝より紫衣を賜りしとき返上せられければその時の太政大臣道光は、永祖の族兄なりき、勅命を返却と云ことはならぬ例とありしゆへに、受てつかねて高架に安じて偈を作て奏せらるに云く、永平山浅きと雖も、勅命重きこと重重、却て猿鶴に笑はるる、紫衣の一老翁、と。山僧八十年来、これをよみて感涙せぬ時はなし、この陰徳にて七十州に二万四千の法孫はびこるはその...面山瑞方禅師による「賜紫衣謝偈」評

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 或る満戒上堂について
    2021/05/17 08:34
    或る満戒上堂について

    とりあえず、以下の一節をご覧いただきたい。満戒上堂〈風外古仏〉仏祖単伝の菩薩戒、纔に持犯を論ずれば八年遅し、残秋の霜葉両三片、用いて黄金と作して小児を誑かす。拙僧所持の法語集写本、訓読は拙僧典拠については、良く分からない。いや、どうも何人かの法語を集めた法語集であることは確かなのだが、筆者者や年代が書かれていないので、江戸時代の終わりか、明治初期くらいということしか推定できていない。しかし、本法語集には、寂室堅光禅師の法語や、上記の通り、風外本高禅師(1779~1847)の法語・上堂語などが収められ、更に誰のものかは不明だが、三重県浄眼寺での結制の法語も見られるので、おそらくは関西や東海地域で書写されたものだろうとは思っている。それで上記の内容である。風外本高禅師による満戒上堂(完戒上堂に同じ)の法語である。意...或る満戒上堂について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 叢林に入る際の授戒について
    2021/05/16 10:47
    叢林に入る際の授戒について

    或る学人が叢林修行に入る際、得度してくれた受業師との関係はともかくも、新たに叢林で指導を受ける参学師から授戒されることがある。ただし、これは文献的な典拠となると、色々と難しい。よって、この記事は備忘録的にならざるを得ないが、機会を得られれば、江戸時代の洞門僧の伝記が集成された文献『曹洞宗近世僧伝集成』(曹洞宗宗務庁)があるので、そこから探っていきたいと思っている。話を戻すが、参学師からの授戒について、事例としてすぐに思い付くのは以下の一件である。癸未(元祿16年[1703])十一月十五日、師戒会を開く。余、初めて正伝の仏戒を受く。師、説戒すること三日、因みに云く……『見聞宝永記』これは、江戸時代の学僧・面山瑞方禅師が、後に本師となられる仙台泰心院8世・損翁宗益禅師に参じた当初、戒会に於いて仏戒を受けたことを示す...叢林に入る際の授戒について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 今日は5月15日なので『正法眼蔵』「阿羅漢」巻を学ぶ
    2021/05/15 10:09
    今日は5月15日なので『正法眼蔵』「阿羅漢」巻を学ぶ

    一般的に、阿羅漢というと、いわゆる四向四果を得た聖者であり、或いは、部派仏教に於ける人間として到り付く最高位であるが、仏陀そのものではないという理解がされているかも知れない。まぁ、辞書的にはそう書いてある場合が多いが、この定義も色々な経論を詳細に見ていくと揺れが出てくるようだし、大乗仏教などでは全く違う解釈がされることもある。況んや曹洞宗の宗学に於いてをや。それで、今日は道元禅師『正法眼蔵』「阿羅漢」巻を学んでみたいと思う。最近、このブログでは仏教の軌範(戒律や清規)などについて論じていたはずなのに、何で急に?とか思われる方もおられると思うし、或いはそういうことなら、今日は「結夏」じゃ無いの?と思われる方もおられると思う。まず、「結夏」については、既に【結夏の上堂について】で論じたので、そちらをご覧いただければ...今日は5月15日なので『正法眼蔵』「阿羅漢」巻を学ぶ

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 「副寺」の一考察
    2021/05/14 10:58
    「副寺」の一考察

    「副寺」というのは、禅宗叢林に於ける「六知事」の一であるが、調べてみると色々とややこしい。名称についても、「副寺」と書く場合もあるし、「副司」とする場合もある(この辺は、「監院」か?「監寺」か?「監司」か?という問題に通ずる。なお、「監院」の場合、古来は「監寺」と全く同義であった。典拠は道元禅師の『永平寺知事清規』。「監司」は珍しい表現のようだ)。或いは、今や本山僧堂などでは「副監院」という役職名にしている場合もあるという。これは、典拠がない新しい表現であり、近年の慣習的呼称のようだから、今回の考察からは外す。それで、「副寺」について、まずは定義的なところから見ておきたい。古時は監寺のみ。近日都寺と称するは、即ち監寺なり。副寺と称するもまた監寺なり。近代は寺院繁務なり、よって両三の監寺を請するなり。道元禅師『知...「副寺」の一考察

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 「羯麿(こんまろ)」の話
    2021/05/12 08:55
    「羯麿(こんまろ)」の話

    或る先生の文章を読んでいたら、「羯麿(読み方は「こんま」にしたいのだろうが、「こんまろ」に見えた)」と書いてあった。一見して誤記か誤植だとは思ったが、高名な先生なので、もしかして、そういう風に表記する文献もあるのだろうか?と思い、近年よく使われている『大蔵経』の検索サイト・ソフト等で調べたが、ヒットせず。まぁ、そりゃそうか、と思った。とはいえ、「羯磨」は、梵語karma(n)(カルマ(ン))の音訳なので、「麿」もあり得なくはないか?なんて、妄想してしまったのだが、すぐに気付いた。あれ?確か「麿」って、「麻呂」を組み合わせた合字で、国字だったはずでは?と。手元にあった一般的な漢和辞典にも、そう書いてあるので、拙僧の妄想は終了……ところで、仏教語の「羯磨」の話だが、本来の意味は「業」「行為」となるが、更に、戒律の用...「羯麿(こんまろ)」の話

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 足袋と襪子の関係について
    2021/05/11 07:24
    足袋と襪子の関係について

    足袋と襪子について、或る見解を見出したので紹介しておきたい。襪の字を日本でしたふづとよまする、履をふくときは、襪と下につくる、草履ふむと云は、日本にはく処の蹈皮也、草履をはく時、襪子をつけねばならぬと云ことはない、たびですむ也、けれども大小用にいくものを蹈で、坐具に上るはならぬ、新ふたびをこしらへて、今の襪子の様に、大小用にいくときは、ぬいでいくがよい、面山瑞方禅師『宝慶記聞解』坤巻・10丁裏~11丁表、カナをかなにするなど見易く改める拙僧の拙い調べではあるが、道元禅師の時代にはまだ、「足袋」はなく、「襪子」のみだったと思っているのだが、上記のように江戸時代には既に、足袋と襪子とが使い分けられていた様子を知ることが出来る。ここで面山禅師が仰っていることとは、襪の字について、これを日本では「したふづ」と読むという...足袋と襪子の関係について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 「新戒乍入叢林」の謎
    2021/05/10 07:07
    「新戒乍入叢林」の謎

    先日、【「暫到」に関する一考察】という記事を書いた時、拙僧は以下のように書いた。・新到⇒当該の僧堂に於ける新入り・新戒⇒出家得度してから間もない者(修行経験が無い、または浅い)・暫到⇒一時的に当該寺院に滞在している者これに間違いがあるわけではないのだが、そこで、或る事に気付いた。そういえば、現在の結制を行う際に、首座和尚を拝請することになるが、その首座を寺院内に掛搭させる「請首座法(入寺式)」が行われる。現行の差定を見てみると、以下の流れとなっている。・準備・維那白槌・知事、首座に致語・首座、住持に致語・首座就位・維那告報以下、「住持出堂、首座帰寮、大衆散堂」となる。さて、今回記事にしておきたいのは、この内の「首座、住持に致語」の箇所である。以下のような言葉があることが知られている。現行とほぼ同じなので、「入寺...「新戒乍入叢林」の謎

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 今日は母の日(令和3年度版)
    2021/05/09 08:28
    今日は母の日(令和3年度版)

    今日の5月第2週の日曜日は、母の日とされている。日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日であるとされるが、日本ではアメリカの母の日の帰源をそのまま受け入れているという。それで、例年拙ブログでは仏教に於ける母親への親孝行の事例を紹介したいと思っているが、仏教に於ける母への孝行は、生きている間に行われる場合と、既に亡くなっている場合とがある。今日は、後者の事例として以下の一節を見ておきたい。大愛道比丘尼の如きは、五百阿羅漢比丘尼等と与に、一日中一時に涅槃に入る。是の時、諸もろの三道を得た優婆塞、五百床を挙ぐ。四天王、仏の乳母の大愛道の床を挙ぐ。仏、自在に前に香炉を擎げて焼香供養す。仏、比丘に語りて、「汝等、我を助け、乳母の身を供養せよ」。爾の時、諸もろの阿羅漢比丘、各各、神足力を以て、摩梨山上に到り、牛頭栴檀香の薪...今日は母の日(令和3年度版)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 沓婆尊者の知事の話
    2021/05/07 10:27
    沓婆尊者の知事の話

    今、仕事の関係で、『永平広録』を全部読み直しているのだが、道元禅師が以下のように述べておられた。監寺・典座を請する上堂。知事は乃ち三世諸仏の護念する所なり。難陀尊者の勝躅、沓婆尊者の勤修なり。『永平広録』巻2-139上堂道元禅師は、大仏寺(後の永平寺)に入られてからというもの、いわゆる知事を中心にした叢林運営を進めようとされ、上記のような知事を請する上堂、或いは知事の退任に因んで謝する上堂などが見られるようになる。併せて、『永平寺知事清規』を著し、叢林に於ける正しい知事の心持ち、振る舞い方、一部では作法などを示された。更に、『永平広録』中の知事の話を見ていくと、多くは『知事清規』と重なるが、『永平広録』独自のところもあるため、晩年の知事に対する考えを見ていく場合には、『永平広録』と『永平清規』とを併せて見る必要...沓婆尊者の知事の話

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 「清浄なる行者 破戒の比丘」の続きの話
    2021/05/06 10:32
    「清浄なる行者 破戒の比丘」の続きの話

    以前、【清浄なる行者破戒の比丘】という記事を書いた。それで、その時には鈴木正三の『驢鞍橋』から一則を引っ張ってきて論じたのだが、その後、拙僧自身も僅かながらに勉強を続け、どうやらこの一節については、もう少し別の論じ方をする必要を感じていた。それは、本則について、元の文章は、「清浄の行者天堂に上らず、破戒の比丘地獄に入らず」(訓読は拙僧)というものだったが、これについては中国臨済宗の大慧宗杲禅師が「文殊菩薩所説般若経に云く……」(『大慧録』巻10)などとしているので、先に挙げたリンク先でも一応、本来の経典名を挙げたのだが、どうも、正三が引いた文章と、経典の本文は内容が相違していて、つまり、大慧禅師のような中国禅宗の文脈で多用された文章に近いということだったわけである。まぁ、この辺は上堂語などで引用されてしまうと、...「清浄なる行者破戒の比丘」の続きの話

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 今日は端午の節句(令和3年度版)
    2021/05/05 10:45
    今日は端午の節句(令和3年度版)

    今日5月5日は五節句の一、端午の節句である。現在の日本では、法律によって「こどもの日」となっているが、これも元々の「端午」が「菖蒲の節句」と別称されることに因み、菖蒲と尚武をかけて、武士の世界でこどもの健やかなる成長を願ったことに由来するとされる。なお、禅宗寺院で端午の節句が行われる理由としては、中国の行事に由来し、五月の端(はじめ)の五日、つまり五月夏至の端(はじまり)の意味を持ち、端午の称は午月午日午時の三午が端正に揃う日に合わせて行事したという。このように五月五日を端午と明らかに称するようになるのは唐代以後のこととされ、宋代以後には天中節とも呼ばれた。五月五日の五時が天の中央にあたることと、この日の月日時の全てが数字の“一三五七九”の天数(奇数)の中央である“五”にあたることから、天中節と称するという。こ...今日は端午の節句(令和3年度版)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 今日は「みどりの日」(令和3年度版)
    2021/05/04 07:06
    今日は「みどりの日」(令和3年度版)

    今日は5月4日、「みどりの日」である。そんな日なので、とりあえず以下の一節をご覧いただきたい。挙す、僧、百巌和尚に問う、「如何なるか是、道」。巌云く、「徒らに車馬の跡に労す」。曹渓の古路綠苔生ず、車馬登臨して已に程に渉る。野老痿羸兼て跛挈、手に玉杖を携て夜深て行く。『丹霞淳禅師語録』巻下「頌古」、江戸期の『虚堂集』に従って訓読これは、中国曹洞宗の丹霞子淳大和尚(?~1119、真歇清了禅師や宏智正覚禅師の本師)の「頌古(百則)」から引用したものである。なお、この「頌古」を評唱した林泉老人の『虚堂集』では順番が改められているが、「頌古」の場合は、1本の長い本則に対して、丹霞子淳禅師が複数の頌古を詠まれており、配置が異なっていることに注意されたい。そのような本文批判的なことはさておき、まずは上記の内容を見ておきたい。...今日は「みどりの日」(令和3年度版)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 面山瑞方禅師『雪夜炉談』に見る代付否定論
    2021/05/02 09:40
    面山瑞方禅師『雪夜炉談』に見る代付否定論

    江戸時代の宗乗家である面山瑞方禅師には、江戸元禄期の「宗統復古運動」の結果、正統とされるに至った「一師印証・面授嗣法」に基づいて思想的に展開した文献が複数存在しているが、今日はその中でも『雪夜炉談』について採り上げてみたい。なお、本書を江戸時代の「面授論」の議論の中に置いてみると、以下のような略年表が出来上がる。・独菴玄光禅師『俗談』(元禄3年[1690]序)・梅峰竺信禅師『洞門劇譚』(元禄13年[1700]刊)・定山良光禅師『正法嫡伝獅子一吼集』(元禄15年[1702]刊)・卍山道白禅師『洞門衣袽集』(正徳元年[1711]序)・卍山道白禅師『対客閑話』(正徳5年[1715]刊)・天桂伝尊禅師『正法眼蔵弁註』(享保15年[1730]序)・乙堂喚丑禅師『正法眼蔵面授巻続絃講議』(享保16年[1731])・面山瑞方...面山瑞方禅師『雪夜炉談』に見る代付否定論

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 昭和の日に思う「昭和の仏教」雑感
    2021/04/29 10:34
    昭和の日に思う「昭和の仏教」雑感

    昭和は元号としては最長の64年まで到達したこともあり、それを1つの時代として考えることは、近現代史の上ではそれなりに意味があることである。ところで、それを西暦にすると、1926~89年となる。それで、昭和という時代を大雑把に捉えてみると、次のようになるのではないか?・昭和5年まで昭和3年の昭和金融恐慌、4年の世界恐慌、5年の昭和恐慌と続くように、金融・経済的に不安定な時期。・昭和12年まで昭和6年の満州事変、7年に満州国建国、8年に国際連盟脱退、12年7月に盧溝橋事件から日中戦争へと拡大。・昭和20年まで昭和16年から太平洋戦争、20年に敗戦。・昭和21年昭和天皇の人間宣言、11月に日本国憲法が公布(翌年5月に施行)、GHQによる農地解放・昭和45年までいわゆる高度経済成長。昭和25年に朝鮮戦争、26年にサンフ...昭和の日に思う「昭和の仏教」雑感

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 第十六条・方便条(『僧尼令』を学ぶ・16)
    2021/04/28 07:41
    第十六条・方便条(『僧尼令』を学ぶ・16)

    連載は16回目となる。『養老律令』に収録されている『僧尼令』の本文を見ているが、『僧尼令』は全27条あって、1条ごとに見ていくこととした。まずは、訓読文を挙げて、その後に拙僧なりの解説を付してみたい。なお、『令義解』の江戸期版本(塙保己一校訂本・寛政12年[1800]刊行、全10巻で『僧尼令』は巻2に所収)も合わせて見ていきたい。凡そ僧尼、詐りて方便を為して、名を他に移せば、還俗。律に依りて罪科せよ。其れ所由の人は与同罪。『日本思想大系3』220~221頁を参照して、訓読は拙僧さて、この一節は、色々なことが省略され過ぎていて、本文をただ読んだだけでは何を言っているか分からない。しかし、『令義解』を見てみると、ここの箇所は、「謂く、僧尼、己が公験を以て俗人に授け与へ、其れをして僧尼と為さしむるを云ふ」(『令義解』...第十六条・方便条(『僧尼令』を学ぶ・16)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 戒定慧(其の九)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究26)
    2021/04/27 09:09
    戒定慧(其の九)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究26)

    江戸時代の洞門が輩出した学僧・指月慧印禅師の主著である『荒田随筆』を学ぶ連載記事であるが、今は「戒定慧」という一章を学んでいる。とりあえず、同章の最後の一段となるが、早速、本文を見ておきたい。或は問、三学の一を欠くべからざる、則ち既に聞く。然して今、各おの家門を作して教律或は教外と称す。其の門門に於いて、亦た幾許有らん。唱うる者、是非従ふ者惑ふに至りて、若し今、実に仏を学とならば、則ち何をか取らん。吾、恐は大いに定日無らん。曰く、兪いよ、今の事は議するに堪へず。設ひ少く定こと有も、亦た随て喧豗す。只だ宜しく仏子の根本に拠て、比後の師承に比すること弗るべし。本師の在世、施設最多し。而して人の其の承する所を以て党を結ぶ無し。凡そ比党すること有らば、諍弗といふこと罔し。諍するときは則ち法、従ひ難し。或は希に真正の発菩...戒定慧(其の九)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究26)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • タテマエの強制と批判について
    2021/04/25 18:03
    タテマエの強制と批判について

    実業家であり、作家・詩人・評論家など多くの顔を持った故・辻井喬氏が、『伝統の創造力』(岩波新書)で、面白い御指摘をされている。私は、ある経済団体の会合で、自動車会社の会長が「近頃の若者は贅沢すぎる。昔は一駅ぐらいの距離は歩いて用を足したものだ」と日頃の若者批判を述べ、他の比較的若い幹部から、「しかし、それだからあなたの会社も急成長できたんじゃありませんか」とまぜ返された光景を想起しないわけにはいかなかった。前掲同著、79頁様々な問題を含む一文である。辻井氏は他に、「アメリカ帝国主義の生活支配反対」を演説した革新系の政治家が、演壇を降りてその下でコカコーラを飲んだ話なども指摘しているが、この辺まで来ると最早、落語の世界である。落語を揶揄しているのではない。事象の滑稽さを指摘しているのである。往々にして、人は自分が...タテマエの強制と批判について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 在家五戒に於ける性戒と遮戒について
    2021/04/24 11:01
    在家五戒に於ける性戒と遮戒について

    とりあえず、以下の一節をご覧いただければと思う。五戒謂わく、戒に五有るなり。一には不殺、二には不偸盗、三には不邪婬〈在家人の受くるは、則ち邪婬と云う。若し出家人の受くるは、則ち云く梵行に非ざる縁を離る。一切都て断ずるが故に〉、四には不妄語、五には不飲酒〈前の四、是れ性戒なり。後の一、是れ遮戒なり〉。『釈氏要覧』「戒法」章何だろう?最近、『釈氏要覧』ばっかり使っているような気がしているのだが、大丈夫だろうか?手抜きしすぎている感じがしているが、一節ごとは短くても学ぶことが多いので、ご寛恕願いたいところではある。今回採り上げたのも、短いながらも色々と思うところがあったためである。まず、五戒の内容については特段意見は無い。しかし、その解釈が2つあるので、そこに注目したのである。まずは、「不邪婬」の解釈であるが、在家者...在家五戒に於ける性戒と遮戒について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 南天棒による『正法眼蔵』「嗣書」巻批判?
    2021/04/22 09:09
    南天棒による『正法眼蔵』「嗣書」巻批判?

    「南天棒」こと中原鄧州老師(1839~1925)は、明治時代から大正時代にかけて活動した臨済宗の僧侶であり、常に南天の棒を携え、全国の禅道場を巡って修行者を容赦なく殴打したため、先のように呼ばれた。こういう厳しいのが「禅」だと思っている人には、とても人気であるという。それで、今回の記事は、先に挙げたタイトルの通りだが、南天棒の言葉に、道元禅師『正法眼蔵』「嗣書」巻への批判が見えたので、それを見つつ、批判の射程と、その可否について検討してみたい。まぁ、宗派が違うので、南天棒自身は「是」として主張したのだろうが、洞門の拙僧としてはそのまま同意するわけにもいかない。嗣法の原理はこの勘定では分からぬ。嗣法の広大無辺にして際涯なき無量心に参ぜねばならぬ。時間の不可得なる所をも参詳するがよい。早く合点の行くようにいえば、長...南天棒による『正法眼蔵』「嗣書」巻批判?

    tenjin95

    つらつら日暮らし

カテゴリー一覧
商用