雑 第二十五 其18(富永仲基『出定後語』を学ぶ45)
ここ1年以上にわたって、最後の一章「雑」を採り上げている。本章は「雑」の字の通りで、他に一章を立てるほどが無い程度の内容でもって、様々な事柄を富永仲基が論じたものである。本当に種々雑多な内容だが、見ていると20前後の節に分けられそうなので、一つ一つ見ていきたいと思う。道生法師、法顕所翻の泥洹経に、「一闡提を除いて皆な仏性有り」と云ふを見て云く、「闡提は含生の類、何ぞ独り仏性無きを得ん」と。後に、大経の至るに及んで、聖行品に云く、「一闡提の人、復た善を断つと雖も、猶お仏性有り」と。是に於いてか、諸師、皆な為に婍服す。余、謂へらく、一闡提、本と仏性無き者、故に一闡提と為せり。然るに極悪の者、亦た豈に廻心すべからざらんや。廻心、己に由る、人に由るに非ざるなり。仏性の種子、実に此に在り、何ぞ仏性無しと謂はん。是れ言の類...雑第二十五其18(富永仲基『出定後語』を学ぶ45)