明恵上人と高座について
明恵上人(1173~1232)には多くのエピソードが残されているが、これも良く知られたエピソードだろう。或る時、建礼門院御受戒有るべしとて、上人を請じ申されて、御身は母屋の御簾の内に御座して、御手計り指出し合掌して、上人をば一長押さがりたる処におき奉りければ、上人云はく、高弁は湯浅権守が子にて下もなき下臈也。然れども釈子と成りて、年久しく行へり。釈門持戒の比丘は神明をも拝せず、国王・大臣をも敬せず、又高座に登らずして戒を授け、法を説くは、師弟共に罪に堕する也と経に誡められたり。是法を重くし、いるかせにせざる故也、身をあぐるに非ず。かゝる非人法師をも御崇敬候へば、利益ますます多く、いやしみ眇直み給へば、大罪弥深し。いかに仰せ辱けなくとも、本師釈尊の仰せを背きて、諂ひ申す事は有間敷候。加様にては益なくして罪あ...明恵上人と高座について